マロニエファッションデザイン専門学校

ホーム  >  学びの特徴  >  活躍する先輩たち  >  杉澤 達也 さん

活躍する先輩たち

HOME CLOTHING 杉澤達也さん
HOME CLOTHING 杉澤達也さん

1999年入学。卒業後、株式会社イワサキで縫製技術を学んだ後、OEMの会社を経て、株式会社シアタープロダクツでパタンナーを経験。現在は仕立て屋として個人向けのオーダーメイドの仕事と、アパレル向けの外注パターン~生産までの仕事を兼務する

マロニエの魅力は?

講師がすべて現役プロであることです。マロニエ時代は、放課後のほとんどの時間を若杉先生のアトリエで過ごし、ファッションの知識・技術を教わりました。今でも大阪を訪れたときに必ずお会いするほど親しくさせていもらっています。

  • 杉澤さんの仕事を目指すならこの学科▼
  • ファッションクリエイション学科

就職活動で自分と向き合ったとき
自分の進むべき方向が見えてきた。

学生時代はデザイナーズブランドに憧れて自分もデザイナーになりたいと漠然と考えていましたが、最終学年になって就職と向き合ったとき、企業のデザイナーやパタンナーという職業にピンとこない自分がいました。そんなとき、イワサキという縫製工場の求人を見つけて「これだ!」と直感しました。アパレル業界は専門分野の経験を活かして徐々にキャリアアップしていくという習慣あります。将来的にデザイナーになるための第一歩が、服づくりの要となる「縫製」なのもひとつだと考えたのです。実際に入社すると社員の方全員がプロフェッショナルで、学校では教えてくれない精度の高い仕事を学ぶことができました。その反面、量産工場であることから全工程においてスピードが求められ、一つひとつの工程を丁寧に、満足がいくまで手の抜けない僕には、不向きであるとも感じました。イワサキで学んだ工業縫製の基礎を糧に、パタンナーとしてOEM会社、シアタープロダクツとキャリアアップを重ねました。そんな経験を積むなかで自然と今の「仕立て屋」という職業を目指すようになり、30歳の節目で独立しました。

「オーダーメイドの日常着」
の素晴らしさを後世に伝えたい。

仕立て屋の楽しさは、お客様の要望を直接うかがい、素材とパターンを試行錯誤しながらカタチにすること。完成した服に袖を通し、お客様の心からの笑みが溢れたときが「仕立て屋になって良かった」と心から思える瞬間です。今まで性別、年齢を問わず、カジュアルな日常着から婚礼衣装までさまざまな洋服を仕立ててきました。オーダーメイドは素晴らしい文化だと思います。今の若い人には馴染みがないかもしれませんが、約50年前までオーダーメイドはごく普通のことで、新しい洋服が欲しいと思ったら仕立て屋に出掛けて生地を選んでいました。しかし時代の流れとともに既製服に移り変わり、オーダーメイドは贅沢品として生き残りました。高級なオーダーメイドを否定するつもりはありませんが、僕の仕立てるオーダーメイドは昔と同じように「日常着」として着ていただきたいという思いから、一般的な仕立て屋とは少し異なったアプローチを図ります。料金表は用意せずに、まずはお客様の予算や希望をお聞きして、なるべくその範囲に収まるような方法を提案します。今までの多種多様な経験をフルに活かして、他の仕立て屋には真似出来ない、柔軟なオーダーメイドを目指しています。

放課後は毎日、先生のアトリエへ。
そのとき学んだすべてが財産に。

マロニエの先生方は現役で活躍されている方ばかりで、話す言葉一つひとつにも説得力がありました。個人的には、若杉先生にとてもお世話になりました。放課後、毎日のように先生のアトリエに通い、課外授業と言わんばかりに色々教えていただいたのもよき思い出です。特に印象に残っているのは、「パターンが正解か否かは立体になってから判断しなさい」というアドバイス。洋服のパターンは、立体になったときにミリ単位で修正が必要な部分と、反対に数センチ違っていてもほとんど気にならない部分とがあります。また、生地や縫い方によってそれらのバランスも全く異なってくるので、紙の上ですべての判断をすることは不可能なんです。若杉先生にアドバイスをいただいてからは、生地をよく観察するようになりました。生地を触った感覚、縫った感覚で立体になったときの形状を想像できるのは、若杉先生のおかげです。学生時代は想像以上に短く、限られた時間の中で自身と向き合わなければなりません。「将来どういうふうに生きたいのか?自分の人生の意味は?」というふうに、自分自身を細かく分析していけば、おのずと進むべき道は見えてくるはずです。これからのファッション産業を担い、創造し、未来に託していける人材が、一人でも多く育ってほしいと願っています。